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トッド入門講座

家族システムの変遷
-国家とイデオロギーの世界史-
(1)イントロダクション

 

はじめに

(1)家族システムは「進化」する

家族システムは変化します。しかし、人類が自分の意思で変えられるかというと、変えられない。私たちにできるのは、基本的に、知ること、理解することだけです。

家族システムの変遷は、生物進化の過程とよく似ています。当人たちの意思とは無関係に変化が起こり、環境に適したものが生き残り、数を増やしていく。そして、その「進化」は、人類の無意識を通じて、世界を変えていきます。 

家族システムは、生物進化に似た過程を経て、多様性を獲得した

(2)周辺地域の保守性原則

家族システムとイデオロギーの相関性を発見した当初、トッドは、その多様性や分布は単なる偶然であると考えていたようです。

いかなる規則、いかなる論理とも関係なく地球上に散らばっているように見える諸家族構造の配置が示す地理的一貫性の欠如は、それ自体ひとつの重要な結論なのである。この一貫性の欠如は、社会科学によって疑わしいものとして捉えられているが、遺伝学によって次第に認められてきたあるひとつの概念を想起させるものである。つまり偶然という概念を。

『世界の多様性』292頁(「第三惑星」最終章 「偶然」)

ところが、トッドが友人である言語学者(ローラン・サガール)に「第三惑星」を見せると、彼はつぎのように言ったのです。

他の部分は実に興味深い。しかし、「偶然」の部分で言っていることは、いい加減だ。周縁地域の保守性原則を承知している研究者なら、君の言う共同体型というやつ、ここに赤だかベージュで塗られているのは、一続きの中央部的塊をなしており、濃い緑の直系型や青や薄緑の核家族型は、周縁部に分散しているということを、すぐに見て取るはずだ。これからすると、何らかの時期に、ユーラシアのどこかの中心点で共同体型への転換という革新が起こり、それが周縁部へと広がって行ったが、まだ空間全体をすっかり覆い尽くしてはいない、ということであるのは明白だ 

『家族システムの起源 I ユーラシア 上』31頁 脚注6(以下「起源」で引用します)
ローラン・サガールが見た地図(『世界の多様性』巻末)
 赤が外婚制共同体家族、ベージュが内婚制共同体家族

〔周辺地域の保守性原則とは〕

上が 「周辺地域の保守性原則」の説明図です。

家族システムの分布図でいうと、
  特徴Bー共同体家族システム
  特徴Aー核家族システム(や直系家族システム)

となりますから、その示唆するところは明白です。

中心に広がる共同体家族は「何らかの革新が広がったもの」であり、周縁地域に残る核家族は、「空間全体でかつて支配的であった特徴の残存である可能性が高い」。

そのような事実を明瞭に示しているのです。

トッドは、家族システムの何たるかもまったく知らないサガールが、ただ単に地図上の地域の色と配置だけを見て、トッドの研究主題の核心を言い当てたことにショックを受けつつも、これを受け入れました(「彼の立論は論理的に反論の余地のないものだった」と述べています。)。(同前)1この直後に彼らは共同で論文を執筆している。E. TODD, Laurent SAGARD, Une hypothèse sur I’origine du système familial communautaire, in Diogène, no 160, octobre-décembre 1992.(邦訳は「新人類史序説ー共同体家族システムの起源」(石崎晴己・東松秀雄訳)として『世界像革命』(藤原書店, 2001年)に掲載されている。)

そして、この「ブリコラージュ」のおかげで、そして彼らの友情のおかげで、私たちは、「家族システムとイデオロギーの相関性」という、血液型占い的な(?)世界を大きく超えて、人類学を基礎とした世界史の書き換えという壮大なヴィジョンを見せてもらえることになりました。

ありがたいことですね。

家族システムの分布は、共同体家族システムが「革新」であり、核家族システムが古いシステムの残存であることを示唆している

(3)家族システム、国家、イデオロギー

この講座では、家族システムの変遷が世界史を動かす様を、主に「国家」に着目して見ていきます。

なお、トッド自身は、家族システムと歴史的国家形態との関係を体系的に論じたことはありません。したがって、今回の講座は、「トッドの理論は、誰にでも使える」という謳い文句に従い、トッドの理論の紹介と、講師自身の「使用例」を兼ねたものとしてお読みいただければと思います。

国家の歴史は、世界史の教科書的常識では、神権政治による専制国家から民主主義による近代国家(国民国家)への発展の歴史と捉えられています。

しかし、家族システムが「大家族から核家族へ」ではなく「核家族から共同体家族へ」進化したことを知っている私たちには、このシークエンスは、間違いなく「眉唾物」です。

次のような仮説が芽生えてくるのは、どうしても避けられないと思います。

家族システムの進化が「核家族→共同体家族」であったという事実は、
国家が「自由→専制」に向けて発展したという事実を示唆しているのではないか?

そこで、この講座では、社会の基底における「核家族から共同体家族へ」の進化を追いながら、その上部で「国家」がどのような変化を遂げたのかを確かめてまいります。

この探究の旅は、必ずや、「専制主義から自由主義へ」という単純な(あるいは偏狭な)近代主義とは異なる、複合的で、より公平な、世界の見方を可能にしてくれる旅となるでしょう。

家族システムの進化に関するトッドの理論は、国家の歴史が「専制から自由へ」ではなく「自由から専制へ」発展したという仮説を導く

「進化」の概要

(1)6000年の歴史—メソポタミア紀の導入

家族システムの歴史は、メソポタミアから始まります。

実際のところ、「進化」の大部分は(すべてではありません)、紀元前4000年紀から1000年紀の間に、完了しているのです。

現在の「西側」諸国(核家族か直系家族です)と、中東やロシア、中国(すべて共同体家族)が分かり合えないこと、とりわけ、前者が後者を全く理解できない理由の一つは、おそらく、この時期の歴史が「常識」から抜け落ちていることにあります。

多様な家族システム同士の相互理解を可能にするためには、西欧が活躍を始めたここ数百年の歴史を切り取るのではなく、約6000年の文明の歴史を視野に入れて、それぞれのシステムを捉える必要があるのです。

そこで、この講座では、視野を広げるための一つの方法として、「メソポタミア紀」という新しい暦を導入することにしました(「メソ紀」と略します)。

紀元は、紀元前3300年、メソポタミアにおいて文字が生まれたとされる年とします(年代は諸説あります)。

 メソ紀   元年  楔形文字誕生
 メソ紀 2000年    中国で文字誕生
 メソ紀 3300年    イエス生誕
 メソ紀 3870年  ムハンマド生誕
 メソ紀 4817年  ルター 95箇条の論題(宗教改革開始)
 メソ紀 4940年  イギリス革命開始
 メソ紀 5214年  第一次世界大戦勃発
 メソ紀 5245年  第二次世界大戦終了

私がこれを書いている西暦2022年はメソ紀5322年となります(本文では西暦を併記します)。

多様な家族システムが織りなす歴史を理解するには、6000年を視野に入れることが欠かせない

(2)家族システム、イデオロギー、国家の対応関係(標準系列)

(表1)をご覧ください。進化の方向は上から下です。

親子関係兄弟関係国家形態
原初的核家族不定(イデオロギーなし)不定(イデオロギーなし)なし
直系家族権威不平等都市国家 / 封建制 
共同体家族 権威平等帝国
(表1)家族システムの「進化」と国家

出発点は、原初的な核家族です。文字や国家の誕生以前、社会の基礎単位は夫婦(+子供)であったと考えられています。

この家族の特色は何よりも柔軟性にあります。子どもが成人した後も親子は必要があれば同居し、同居先は母方でも父方でも、兄弟でも構わない。規則がないのです。

この家族システムは、イデオロギーの未分化状態(まだ生まれていない状態)に対応しています。対応する価値を探せば「自由」が一番近いと言えますが、イデオロギーとしての「自由」とは異なる、野放図な自由です。

関係性を律する規則を持たないこの家族システムは、国家を生み出すことはありません。

原初的核家族からの最初の進化は、通常、直系家族をもたらします(メカニズムは次回ご紹介します)。

直系家族システムの誕生とは、一言で言うと、「世代をつなぐ一本の線」の誕生です。一本の縦のラインが親と子をつなぐことで「権威」が発生し、兄弟姉妹から一人だけが跡継ぎとなることで「不平等」が生まれる。そういう構造です。

歴史は、関係性が一本の線で構造化されたこの段階で、小規模の国家が可能になることを教えます。しかし、縦のラインが林立するこのシステムの上に、それほど大きな国家が形成されることはありません。

メソポタミアや中国といった文明の中心地では、直系家族は、まもなく、共同体家族に進化を遂げました。

親世代と子の世代をつなぐ縦のライン(権威)を直系家族から受け継ぎ、下半分に子どもたちを対称に配置する(平等)騎馬戦隊構造を持つこのシステムは、その基層の上に、統一国家や「帝国」の誕生を可能にします。そして、システムの強化とともに、帝国の版図は広がっていくのです。

*この講座では、帝国を「一つのシステムによって多民族・多言語・多宗教の人々を統合する版図の大きな国家」と定義します。
(小杉泰『イスラーム帝国のジハード』(講談社学術文庫、2016年)の定義を参考にしました。ただし、同書は「一つのシステム」ではなく「大きな原理」です)。

こうしてみると、家族システムの「進化」の過程とは、「権威」という価値が生まれ、強化されていく過程であることが分かります。「権威」の発生により、初めて、文字が生まれ、国家が生まれる。そして「権威」の強化によって初めて、「帝国」が可能になるのです。

近代主義の洗礼を受けている私たちに、「権威」や「帝国」を価値として認めるのは難しいかもしれません。しかし、メソポタミアに暮らしていた人々にとって、「帝国」の誕生は、福音以外の何ものでもなかったはずです。

多様な民族が行き交い、さまざまな宗教や言語、文化を生んだこの地域では、中央の権力が強まり、帝国の版図が広がることは、その分だけ、庶民の生活が安定し、平和になることを意味します。中央の統制が効く範囲が広ければ広いほど、交通の自由と安全が確保される範囲が広がり、異民族による侵略や略奪の危険性は減るわけですから。

それを可能にしたものが、共同体家族の「権威」であり、権威を頂く人々の「平等」にほかなりません。後でご紹介するように、ローマ帝国やオスマン帝国の長い平和も、共同体家族なしにはあり得なかったといえるのです。

さて、ここまでが、家族システムの「進化」の基本です。‥‥あれ、何か足りませんか。

はい、そうです。ここには、近代の主役であるイギリス、アメリカなどの絶対核家族システムが入っていません。

なぜかといいますと、実は、絶対核家族(平等主義核家族もこの点は大体同じです)の発生は、通常の進化系列からは外れた、ちょっと特殊なものなのです。

*以下、絶対核家族と平等核家族を合わせて「純粋核家族」の語を用いることがあります(トッドが「起源」で用いている用語です)。「ひたすら柔軟な原初的核家族」とは異なり、「核家族であることをイデオロギー化した核家族」(イデオロギーとして純化した核家族)という意味です。 

家族システムの進化の基本は、原初的核家族→直系家族→共同体家族。
権威が誕生し強化されていく過程である

純粋核家族の発生は、通常の進化系列から外れた特殊な事例

(3)家族システム、イデオロギー、国家の対応関係(+純粋核家族)

親子関係兄弟関係国家形態
原初的核家族不定(イデオロギーなし)不定(イデオロギーなし)なし
直系家族権威不平等都市国家 / 封建制 
共同体家族 権威平等帝国
純粋核家族(+直系家族)自由非平等(絶対)
平等(平等)
国民国家
(表2)家族システムの「進化」と国家+α

先ほどご説明した通り、イデオロギーの未分化状態である原初的核家族は、国家を生み出しません。

しかし、彼らがバラバラに暮らしているところに、直系家族がやってきて、国を作ったとすると、どうなるか。

核家族は国家的統合の核を作り出さないので、直系家族の国家との覇権争いや小国の分立状態を生じさせることはありません。彼らは単に、直系家族が作る領邦(小国)の領民になるわけです。

イデオロギーを持たなかった彼らは、しかし、初めて直系家族が持つ価値体系に触れ、それに対抗する形で、自らの価値体系を作り出すのです。

直系家族の支配下に入った原初的核家族が、
直系家族に対抗する形で作り出したのが絶対核家族システム

〔純粋核家族の国家〕 

純粋核家族に対応する国家は、国民国家(=近代国家)である、と私は理解しています。

以下のような「国民国家」の特徴には、明らかに、「直系家族によって国家の形を与えられた純粋核家族の国家」という特殊性が反映されていると考えられるからです。

(1)手頃なサイズ 直系家族が作る小国家に核家族が組み込まれることで、都市国家や領邦国家ほど小さくないが「帝国」ほど大きくない、手頃なサイズが実現

(2)「国民」概念 「直系家族+純粋核家族」が作る国家は(細かいことを言うと)単一民族ではないが、あえて「多民族」というほど、言語や宗教、文化の多様性があるわけでもない。「国民」概念にちょうどよくフィットする

(3)反権威イデオロギー 近代国家の最大の特徴である「国家権力への敵意の構造化」(「権力からの自由」としての基本的人権、権力を拘束するための法の支配)は、「支配を受ける側」のイデオロギーを構造化したものとして理解可能

現代の「西側」諸国の価値観は、基本的に、純粋核家族のイデオロギーを反映しています。「国民国家」のスタンダードもそうです。

しかし、それは果たして、普遍性を持ちうるのか。将来にわたって、世界の中心に位置し続けることができるものなのか。

そのようなことも考えながら、続きをお読みいただければと思います。

「国民国家」(近代国家)の基礎にあるのは、純粋核家族のイデオロギー(≒ 支配層への敵意)